半沢直樹シリーズの第5作目で、時系列的にはシリーズ第1作『オレたちバブル入行組』の前日譚にあたる。半沢が東京中央銀行大阪西支店へ赴任して間もない頃に起こった美術出版社の買収案件に端を発する物語。

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 負債を抱える美術出版社「仙波工藝社」の買収オファーを掛けたのは新進IT企業「ジャッカル」。ジャッカルの社長・田沼時矢は世界的に有名な絵画コレクターであった。

 仙波工藝社社長が買収に応じる意思がないことを確認した半沢は、資金繰りに苦しむ仙波工藝社を救済すべく二億円の融資の稟議を作成し承認を待つ。しかし、大阪営業本部からは稟議が突き返される。稟議が突き返されたその裏には、東京中央銀行の重要取引先であるジャッカルの社長・田沼が熱望する仙波工藝社の買収話を何としてでも成立させようとする大阪営業本部次長の和泉康二と彼の同期入行の仲間・宝田、大学の後輩にあたる浅野たちが結託して圧力をかけて稟議を突き返させ、資金繰りに困った仙波工藝社が買収話に応じるように仕向ける動きがあった。ここから美術ミステリーを絡めた展開はおもしろい。

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 不可解な美術出版社の買収話の秘密は、今は亡きモダンアート界の寵児・仁科譲の代表的なモチーフ「アルルカンと道化師」が握っていた。過去に仙波工藝社と因縁のある堂島商店で働いていた若き芸術家の卵・仁科譲と佐伯陽彦との間の隠された絵画「アルルカンと道化師」をめぐる悲話がこの経済小説を芸術的に仕上げている。

 また、業務統括部長の宝田が自分の成績のために銀行に不利益となる買収を進めていることを半沢直樹が突き止めて倍返しにすると言う話は変わらない。ちなみに、大和田常務は出てこないし、中野渡頭取もまだ頭取ではない。

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 半沢直樹シリーズの、悪を倒し正義が勝つという結末と爽快感はいつもながら気持ちがいいが、それと同時に絵画をめぐる盗作かどうかの面白さもあった。アルルカンはペテン師で仮面劇の即興喜劇で道化師とともに登場するキャラだそうだ。そして「アルルカンとピエロ」はセザンヌやアンドレ・ドランの作品が有名だそうだ。テレビで楽しんだ歌舞伎役者と半沢との掛け合いほどではないが、楽しめる池井戸作品ではある。

 いつもながらの勧善懲悪型の返す刀の切れ味が心地よい。「理想を語ってばかりでは実績はついてこないかもしれない。ですが、理想のない仕事にろくな現実はない。これがあなたの仕事ぶりを見ての率直な感想です」と颯爽と悪役の宝田に倍返しをした。

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(写真は 本の表紙と過去に旅した北欧の風景)