ブレイディみかこの「ワイルドサイドをほっつき歩け~ハマータウンのおっさんたち~」は、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で青竹のようにフレッシュな少年たちについて書きながら、そのまったく同じ時期に、人生の苦汁をたっぷり吸い過ぎてメンマのようになったおっさんたちについて書く作業は、複眼的に英国について考える機会になった。二冊の本は同じコインの両面である、と「あとがき」にあった。

また、高橋源一郎は「世界でいちばん愛すべきおっさんたち(&おばさんたち)が、ここにいる。あんたら、最高すぎるんだけど……」、ヤマザキマリは「イギリスの市井の人の魅力を引き立てるブレイディさんの愛と観察眼と筆力に心を丸ごと持っていかれた。一編一編が人情に満ちた極上のドラマ!」、などと感想を書いている。

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 日常をゆるがす大問題を前に、果敢に右往左往するおっさん(おばさん)たちの人生を、軽いタッチで描く。中高年たちの恋と離婚、失業と抵抗。EU離脱の是非を問う投票で離脱票を入れたばっかりに、残留派の妻と息子に叱られ、喧嘩が絶えないので仲直りしようと漢字で「平和」とタトゥーを入れたつもりが、「中和」と彫られていたおっさんの話……

本を読むことを生きがいにしていたのに、緊縮財政で図書館が子ども遊戯室の一角に縮小され、それでも諦めずに幼児たちに囲まれながら本を読むうち、いつしか母子たちに信頼されていくこわもてのおっさんの話……などなど、笑って泣ける21篇。「みんなみんな生きているんだ、友だちなんだ」!と軽快に書き綴る。

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日本と異なり、社会/政治への関心は高い。特に、EU離脱、ブレグジットにまつわる話は、興味深い。元々、福祉国家と言われ、医療費を無料とするNHS(国民保健サービス)に守られてきた。国庫の窮乏により緊縮財政政策で、NHSは維持されるも診療が受けにくい(予約が必要、予約のために並ばなければならない、打診電話に出られないと予約が取れない)仕組みに変わっていく。EU離脱すれば、EUへの供託金がNHS資金に回せるというデマに騙されて賛成投票した人が多い、などイギリスの現状を楽しく解説してくれる。

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 私たちのイギリスの友人リタがいつもグチをこぼしていたことを思い出す。「移民に私たちの税金を使われている。移民に健康保険をただ同然に悪用されている。周りに黒人やイスラム教の人々が多くなって秩序が壊れた。」など、今の日本でも少しずつ問題になりかけていることが、まさにイギリスでは先行して見えてきているのだ。アメリカのトランプ党のような白人至上主義やミーファーストが、ヨーロッパやイギリスでも既に起きている。
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(写真はイギリス南部、ダードルドアの奇岩、ウェイマスの海岸)