(写真は青と赤のサルビアとアリストロメリア)
終わりを迎えた熟年男女たちの生を見つめる映画
最近、続けて終末を迎える熟年男女たちの生き方をテーマにした映画を見た。
一つは「グランドフィナーレ」で、映像美と素晴らしい主題歌「シンプル・ソング」に感銘した。
自分にはあとどれだけ時間が残されているのかを考える時、将来にどう立ち向かうかを考えさせる、意味深な映画でもあった。
指揮者フレッドを演じるマイケル・ケインは、80歳になって自分が前向きに生きる道をほとんど諦めており、女王が求めた「シンプル・ソング」の指揮をかたくなに拒んだ。理由は妻にささげた曲であり、妻しか歌うことはできないと、それまで大事にしなかった妻へのせめてものロイヤリティを理由に断っていたのだが、娘の離婚、友人監督ミックの自殺を見て、前向きに指揮することになる。
スミ・ジョーが歌う「シンプル・ソング」は聴きごたえがある。
映画のように、80歳になって将来に立ち向かう情熱や体力がどれほど残っているか、私にはわからない。
もう一つは「エルサとフレッド(トレヴィの泉で二度目の恋を)」
最近妻を亡くしたフレッド(クリストファ・プラマー)は、引っ越したアパートの隣部屋に住むエルサ(シャーリー・マクレーン)に出会う。
エルサは虚言壁があるが陽気な女性で、次第に二人は惹かれあう。エルサの積極的な誘いに頑固なフレッドの心も次第に明るくなり、人生のたそがれ時を迎えた熟年男女が新たな恋にときめく。しかし、エルサには隠された病気があった。余命いくばくもないことを知ったフレッドは、自由奔放にふるまうエルサの思いに何とかこたえようとする。
フェリーニの「甘い生活」にあこがれ、マルチェロ・マストロヤンニとアニタ・エクバーグが映画で戯れるトレヴィの泉に行くことを、長年の夢とする女性エルサの思いを、フレッドは叶える。
エルサの死後、虚言だと思っていたピカソが描いたエルサの肖像画が彼女の金庫からでてくる。息子がエルサの手紙とともにフレッドに手渡すというエンディングが泣ける。
いずれも、老境に入った男女の生への対し方が伝わってくるし、妻との毎日はこれでいいのかと考えさせられる。それぞれの環境で過ごし方は異なる。悔いのない人生を送ること、生きているうちにやりたいことをやるということは、立場は違っても大切であるということを暗示しているようだ。
終わりを迎えた熟年男女たちの生を見つめる映画
最近、続けて終末を迎える熟年男女たちの生き方をテーマにした映画を見た。
一つは「グランドフィナーレ」で、映像美と素晴らしい主題歌「シンプル・ソング」に感銘した。
自分にはあとどれだけ時間が残されているのかを考える時、将来にどう立ち向かうかを考えさせる、意味深な映画でもあった。
指揮者フレッドを演じるマイケル・ケインは、80歳になって自分が前向きに生きる道をほとんど諦めており、女王が求めた「シンプル・ソング」の指揮をかたくなに拒んだ。理由は妻にささげた曲であり、妻しか歌うことはできないと、それまで大事にしなかった妻へのせめてものロイヤリティを理由に断っていたのだが、娘の離婚、友人監督ミックの自殺を見て、前向きに指揮することになる。
スミ・ジョーが歌う「シンプル・ソング」は聴きごたえがある。
映画のように、80歳になって将来に立ち向かう情熱や体力がどれほど残っているか、私にはわからない。
もう一つは「エルサとフレッド(トレヴィの泉で二度目の恋を)」
最近妻を亡くしたフレッド(クリストファ・プラマー)は、引っ越したアパートの隣部屋に住むエルサ(シャーリー・マクレーン)に出会う。
エルサは虚言壁があるが陽気な女性で、次第に二人は惹かれあう。エルサの積極的な誘いに頑固なフレッドの心も次第に明るくなり、人生のたそがれ時を迎えた熟年男女が新たな恋にときめく。しかし、エルサには隠された病気があった。余命いくばくもないことを知ったフレッドは、自由奔放にふるまうエルサの思いに何とかこたえようとする。
フェリーニの「甘い生活」にあこがれ、マルチェロ・マストロヤンニとアニタ・エクバーグが映画で戯れるトレヴィの泉に行くことを、長年の夢とする女性エルサの思いを、フレッドは叶える。
エルサの死後、虚言だと思っていたピカソが描いたエルサの肖像画が彼女の金庫からでてくる。息子がエルサの手紙とともにフレッドに手渡すというエンディングが泣ける。
いずれも、老境に入った男女の生への対し方が伝わってくるし、妻との毎日はこれでいいのかと考えさせられる。それぞれの環境で過ごし方は異なる。悔いのない人生を送ること、生きているうちにやりたいことをやるということは、立場は違っても大切であるということを暗示しているようだ。