新田次郎の「アルプスの谷 アルプスの村」紀行には、まだまだ素敵な描写が続く。
「滑らかな草原ツェルマットへ」では、「乾いた雨―こんなことばが頭に浮かんだ。ここではとにかく大気全般が乾いている。雨の中でも湿気をさほど感じない」とあったが、確かにスイスの雨と日本の雨とは違うようだ。
「電車が終着駅に着いた。駅前にはホテルの番頭が並んでいた。予約の客を馬車でホテルまで連れて行くのだ。」私たちが訪れた時も馬車ではなかったが、電気自動車でホテルまで連れて行ってもらった。排気ガスを避けているのだ。馬やヤギやシュタインボックのような動物にひかれる馬車も通りにあった。
「石の巨人」では、「天気は次第に回復していったが、マッターホルンが見えてくるはずの方向には、雲が立ち込めていて、そう簡単には晴れそうにない。・・マッターホルンが姿を見せ始めた。ひどく、冷たい、大きな鉄のかたまりが雲の中に見えだしたという感じだった。まもなくその大容を私の前に見せた。大容は見せたが、肝心の顔は見せてはくれなかった」と頂が見えないもどかしさを表現していた。その点では、私たちはラッキーなことに、三度のスイス旅行ともにマッターホルンの朝焼け・モルゲンロートを完全に見ることができたのである。
「真夏の雪」では、「サンモリッツの町の裏側にあるピッツ・ナイ―ルへロープウエイで登ってみることにした。岩の頂に、カモシカらしいものが立っていた。鹿の隣が頂上の駅である。どうもおかしい。カモシカはわれわれの乗ったゴンドラが着いても、その位置をかえなかった。それはブロンズのカモシカだった」と像を生きた動物と間違えたことを書いていた。私たちも最初間違えたものだ。しかし、私たちは頂上の駅から散策をしていた時に、本物のシュタインボックを目の前に見ることができたのである。その時は感激し、近くまで行ってみようと、崩れそうな砂の斜面を登って写真を撮った。
目の前に実物のシュタインボックを見て大感激しているその時、妻の携帯が鳴った。なんという時の電話。長男の嫁からの電話だった。日本とスイスがこんなスイスの山の上でつながった。
この本は昭和36年(1961年)の7月末に旅した時の旅紀行であるが、私たちが旅したのは2009年と2011年と2019年である。ということは、スイスの山の自然にはそれほどの変化はないということで、その美しさと自然が保たれていたということなのである。ただ、温暖化によって氷河の位置はかなり後退していて、気温上昇の影響はかなり大きいものがあることを肌で感じた。今日この頃の東京の気温の激しいアップダウンがそれを証明する。
昨年の桜の開花は3月20日前後、今年は3月29日にずれ込んだ。三寒四温の気温の激しさのせいらしい。