チューリッヒを出発した汽車は牧草地をぬけるとアルプスの山塊を登っていく。いきなり車窓に飛びこんできた巨大な岩壁のアイガー、朝日に全容を示した坐せる孤峰のマッターホルンをはじめ、人なつこい宿の主人シュトイリ氏、チナールの谷で逢った愛らしいベルギーの少女たちなど、憧れの土地で接した自然の風物と人情の機微を清々しい筆で捉えた紀行文。佐貫亦男氏の写真多数収録。とあった。
新田次郎の紀行文には、さすが作家らしく、旅した山やホテルや人の記述が文学的であった。私たちも定年後、スイスの旅は何度か経験したので、その感動を新田の文章で再確認できた。
「白銀の峰々」では「アイガーの岸壁を車窓から見上げた時は、おっかないような気がした。美しさというものはなく、威圧感だけであった」と記していた。私たちも、目の前にアイガー北壁が聳える「ホテルSpine」に泊まったので、その威圧感を十分に味わった。
「ユングフラウヨッホに立つ」では、「クライネシャイデック駅。乗り換えである。そこはちょっとした広場になっていて、駅と大きなホテルがあった。ここが植物の限界点であった。ここから上は岩と氷以外に生物はないのだ。何かが動いている。牛だ。この辺は牧場の最高限界らしい。」とあった。私たちも牛のカウベルを聞き、乗り継いでウエンゲンに向かった。牛がのんびりと草を食む牧歌的な風景は、紀行文で描かれているように、ここが最高限界らしく、その限界風景を楽しむことができた。
「ユングフラウヨッホ。そこは雪で覆われた山のいただきだった。周囲を見渡すと一面雪である。雪の道はあまり気持ちのよくない傾斜角度を持っていた。私は不思議な感じがした。頂上には柵がない。皆さんの生命は皆さん自身でお守りください。それがヨーロッパ人の考え方なのだ」という新田の感じ方については、私もそう思った。「危険!注意!」の旗はない。柵もない。それが美観を保っているように感じた。日本では、やたらと派手な幟や「危険」などの注意書きの看板が多く、景観を損なっている。(続く)